南アフリカ共和国の歴史
南アフリカ共和国の歴史
アフリカ大陸の南部に住む人々は、サン族とコイ族など(肌は黄色)の狩猟民族でアフリカ最古の民族といわれている。
15世紀頃 北方からバントゥ系のアフリカ人が南下し、コイサン族は中部から東部にかけて追い
やられた。
1488年 バーソロミュー・ディアス(ポルトガル)が喜望峰を発見
1497年 ヴァスコ・ダ・ガマ(ポルトガル)がナタールを発見
1652年 ヤン・ファン・リーベック(オランダ)がケープタウンを東インド会社の東洋貿易中継地
とした。
その後、オランダ移民が増え、自らをボーア又はブーア(オランダ語で農民の意)と
名乗り,拡大。ケープ植民地となる。この頃から、ボーア人と原住民との混血が進む
17世紀 「ナントの勅令」の廃止に伴い、オランダに亡命していたフランス人新教徒(ユグノー)
が多数移住入し植民地が拡大する。
「ナントの勅令」 1598年にアンリ4世が、ナントで発した宗教的和解の勅令制限は
あったが、新教徒に信仰の自由を認め、ユグノー戦争の終結をもたらす。
1795年 イギリスが軍事力をもってケープタウンを占領
(ナポレオン戦争中、オランダがフランスに占領され、インド航路の重要地点である喜望
峰がフランスに占領されることを恐れ、イギリスが海軍を送り込み占領した。)
1803年 アミアン和約により一度、オランダに喜望峰を変換
1806年 イギリスが喜望峰を再び占領
1814年 ウィーン会議で正式に喜望峰がイギリス領となる
1920年 イギリスから大量の移民が移住し、本格的な支配開始
アジアから奴隷としてインドネシア人やマレー人などが連行される。また、インドやパキ
スタンからも労働者として強制移住させられた。
1833年 イギリスで奴隷制度が廃止
ボーア人は、労働を奴隷に頼っていたため、奴隷制度廃止に反発。北へ新転地を求め
移動する(グレート・トレック(家財を詰め込んだ牛車による移動))。
1838年 ナタール共和国建国
ナタールでズール人と衝突(血の戦い)。この戦いに勝利したボーア人はナタール共和
国を建国 しかし、イギリス軍により制圧され植民地化される。
1853年 イギリス軍から逃れたボーア人はさらに北上し、トランスバール共和国建国。
さらに1854年オレンジ自由国を建国し、後にイギリスからの承認を成功させる。
1867年 オレンジ自由国(現在のキンバリー)でダイヤモンド発見
グリカ人の首長がイギリスに所有権を主張し、保護を求める。
1871年 イギリスに割譲
1877年 トランスバール共和国がケープ植民地に併合
1880年 ボーア人がロンドンに独立回復を主張したが拒絶されたため、第一次ボーア戦争勃発
1881年 マシュバの戦いでボーア人が勝利 独立権を取り戻す
1886年 トランスバール共和国で金鉱山発見
1893年 トランスバール共和国の大統領、ポール・クルーガーが外国人に対し、選挙権の制限
を実施
1899年 第二次ボーア戦争(独立戦争)勃発
トランスバール共和国とオレンジ自由国は同盟を結びイギリスに対抗
1902年 イギリスに降伏
1910年 トランスバール州、オレンジ自由州、ナタール州、ケープ州からなる4州から南アフリカ
連邦が設立
初代首相にボーア人のルイ・ボータが就任
民族主義意識を強め「アフリカーナー」と称して権利を主張
1911年 原住民に対して鉱山労働法を制定
1913年 原住民土地法といった人種差別法を立法化する。(アパルトヘイトの基盤)
1923年 ジェームズ・バリー・ヘルツオークによる内閣が成立
アパルトヘイトの基となる人種差別法案を立法化する。
1948年 国民党がアパルトヘイトの根本となる人種差別法を立法化する。
1957年 南アフリカ民族会議のネルソン·マンデラが逮捕・拘留
1960年 パン·アフリカニスト会議が「パス法16才以上の黒人が白人居住区に入る際に、身分証
明書の携帯を義務づけた法律)」 に反対しシャープビル事件を起こす。この事件により、
世界から注目され、アパルトヘイトに対する国際的非難が高まる。
1961年 イギリス連邦より脱退し、共和制に移行。南アフリカ共和国となる。
1977年 国連安全保障理事会により南アフリカ共和国に対する軍事物資の供給を世界的に
禁止。
1984年 憲法改正 白人・カラード(混血)・インド人による人種差別三議会制議会を設立
1985年 黒人の暴動により、非常事態宣言を発令
1986年 アメリカ、日本を含む欧米各国により部分的経済制裁が始まる。
1989年 デ・クラーク大統領就任によるアフリカ人との対話路線で、アパルトヘイト廃止が進む
1990年 ネルソン·マンデラを無条件に釈放 ANC副議長に就任し、デ・クラーク大統領と交渉
を進める。
1991年 アパルトヘイト廃止 外国による制裁措置が解かれる。
1994年 全人種参加による南アフリカ共和国の総選挙(初)が実施される。
アフリカ民族会議が勝利し、ネルソン・マンデラが黒人は初の大統領に就任
1997年 新憲法発行
1999年 総選挙実施(2回目) ムベキ大統領就任
2004年 総選挙実施(3回目) ムベキ大統領再任
ウィキペディア参照
南アフリカ(ウィキペディア)
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↓ ロスカットなし戦略は破産するか?? 自腹で検証中(T_T)
↓ 南アフリカランドは、2003年には金利が13.50%もあったんです…
●>南アフリカランド(ZAR) の政策金利 変動一覧表 >>
